めぐみのはなし

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help リーダーに追加 RSS ニコデモおじちゃん

<<   作成日時 : 2008/07/03 12:55   >>

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私はイエス様とニコデモおじちゃん(心の中で呼んでいるのですけど、もっと若いのかね?)、
のやりとりがすごく好きでたまに読みたくなるんです。
このやりとりはヨハネの福音書三章にのっています。

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1 さて、ファリサイ派に属する、ニコデモという人がいた。ユダヤ人たちの議員であった。
2 ある夜、イエスのもとに来て言った。「ラビ、わたしどもは、あなたが神のもとから来られた教師であることを知っています。神が共におられるのでなければ、あなたのなさるようなしるしを、だれも行うことはできないからです。」
3 イエスは答えて言われた。「はっきり言っておく。人は、新たに生まれなければ、神の国を見ることはできない。」
4 ニコデモは言った。「年をとった者が、どうして生まれることができましょう。もう一度母親の胎内に入って生まれることができるでしょうか。」
5 イエスはお答えになった。「はっきり言っておく。だれでも水と霊とによって生まれなければ、神の国に入ることはできない。
6 肉から生まれたものは肉である。霊から生まれたものは霊である。
7 『あなたがたは新たに生まれねばならない』とあなたに言ったことに、驚いてはならない。
8 風は思いのままに吹く。あなたはその音を聞いても、それがどこから来て、どこへ行くかを知らない。霊から生まれた者も皆そのとおりである。」

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ニコデモおじちゃんは権威のある律法学者、宗教家、国会議員だった人です。
地位の高いニコデモじいちゃんが最近巷を賑わしていはいるけれど地位も名誉もない
大工の息子であり無名のイエス様の元を人目を忍んで夜こっそり訊ねるのです。
おじちゃんはイエス様のした奇跡を見て、この方は神の遣い(預言者)だと思ったのでしょうか。

当時のユダヤ人の文化からしたらニコデモおじちゃんみたいな人がイエス様のところに
来るというのは、大事(おおごと)だったみたいです。イエスを敵視している宗教家の仲間に
知られたら自分の命も危ういかもしれない。でも、ニコデモおじちゃんはこっそり来るんです。
そして、イエス様をラビ(先生)と呼んじゃうんです。そのあと、「神が供におられるのでなければ
あなたのしているようなことは誰もできない」と言います。

これを読んで誰かが、おべっかを使っているとどこかで書いてたんですけど、私はニコデモは
本当にそう思ってたんじゃないかなと思うんです。本当に神様がイエス様と供にいる!と
信じたのだと思うのです。でも、このニコデモの言葉にイエス様は突然切り出します(三節)。

「はっきり言うけど、新しく生まれないと神の国には入れないんだよ」

ほげ?
会話になってなじゃん。
でもイエス様はニコデモが何を知りたいと思っていたのか知っていたみたいです。
だから単刀直入に切り出すんです。ニコデモは神の国を見たいと願っていたようです。
律法主義のユダヤ人のニコデモ。いくら律法を守っても見えてこない神の国・・・。
葛藤してたのかなぁ。ニコデモおじちゃん。
面食らったニコデモは「ほげ!?そんなことあんの?」と思うのです。「新しく生まれることなんてあんの?」って。
「ってゆーか、あり得なーい」って思ったと思います。
イエスははっきりと言います(五節)。「水と霊によって生まれれば、神の国に入れるんだよ」
水は洗礼のことで、霊は聖霊によって心の内というか魂が新しくなることを差してます。

ニコデモ、思考ストップ&困惑。
「えーーーー?この人マジで何言ってんのー?」
「でも、なんだか妙な説得力があるんだよねー。」
「水と霊かぁ。律法じゃないの?それって、今からでもできるの?俺、もう成人だけど。
生まれ変わるなんてことあんの?えー、やっぱり普通じゃない。そんなの普通じゃない。。。」
「ってゆーか、じゃぁ、今までの俺の律法主義人生をどうなっちゃうの?俺の地位と名誉は〜。。。」

そんなニコデモにさらにイエスは言います。
「驚くことないよ。自然なことなんだよ。風は思いのままに吹くでしょ。そんな風に霊から生まれる
ことも風が吹くみたいに自然に起こるんだよ。」

「イスラエルの先生なのに、わかんないのー?
こうやって知っていること見たことを証をしているのに受け入れないんだもんね。
でもこの地上のことでさえ信じないなら天のことだって信じないよね。」

この後イエス様はニコデモが慣れ親しんでいる今の旧約聖書から例をあげて説明し
神のひとり息子がこの世の神様から送られて、また天にあげられる話をします。

「神様がみんな誰でも信じる人が滅びずに永遠の命を持つために、一人息子を地上に送るんだよ。
これは裁くためではなくって、救うためなんだよ。
ニコデモちゃんさー神様はどんだけみんなを愛してるか分かる?
その自分の息子を差し出してまでも、この世の中のみんなを救いたいと思ってるんだよ」

・・・ちょっと後半妄想入ってますけど簡単に書いてみました。
なんかイエス様が妙に馴れ馴れしいぐらいの感じですけど・・・汗。

で、ニコデモはというとイエス様の予想どおりにわかには信じることができません。
自分の得た地位を放棄できない人間的なプライドがあったのかもしれません。
結局イエスの十字架処刑の後に、「あー、やっぱりあの人は真実の方だった!」と思って本当に
胸を痛めて(多分)遺体を引き取りに行くんです。もう恥じも外聞もかなぐりすてて。
でも、そういう悔い改めた人が神様は大好き。
イエスの遺体を引き取るという役割をニコデモおじちゃんに与えてくれて悔い改めの機会として
くれたんです。イエスの処刑後ニコデモはユダヤ教から改宗してクリスチャンになったと言われています。

なんか二人の一連のやり取りがすごく好きなんです。
いつも人間と神様のやりとりってこんな感じだから。

人間:「えー、うそー、信じられない。」とか「だって俺にはプライドもあるし」とか
「えー、嫌だー、信じるのにあれもこれも捨てるの?」とか人間は超自己中でわがまま。

でも、神様はその細々したことに対してねちねち対応しない。
真実をバン、と見せるんですよね。
で、私達が求めるようにする。
「え、だから、マジなの?それ?」って状態で求めるようにしてくれる。
あとは聖霊様がフォローしてくれる。

今回はニコデモおじちゃんのこと書いてみました。
ちなみに、ニコデモおじちゃんは聖書では弟子達みたいに出番の多い
メインキャラじゃないんですけど聖書ってこういう名わき役がしっかりいるんですよ。
そういう観点から聖書を読むのもおもしろいかも。

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