めぐみのはなし

アクセスカウンタ

help リーダーに追加 RSS 愛にとどまりたい

<<   作成日時 : 2008/07/02 13:06   >>

トラックバック 0 / コメント 0

ここのとこころ寝不足です。腰痛も悪化しています。
寝ていると腰が痛くなって何度も寝返りを打ってよく眠れないです。
こんなんでこの先もっと年を重ねたら私の身体はどうなってしまうのだろう?と思います。
持病の難聴も耳鳴りが又最近悪化していますし。。。
んー、今も鳴っている・・・。

最近ちょっと悩みごとがあったり、躓いたりしてて
(実際に転んだ訳ではなくて・・・あ、実際にもよく転びますけど・・・)
すごくどんよりしていました。
どよよんです。
この件については神様からは私の心を正しくして「神様の」声を聞きなさいって言われています。
やっぱー、私の心の問題なのかなー。
確実に人間的な領域なんだということはわかっているんですけど、苦しかったです。
でも、これをブレイクスルーするのは聖霊の働きで、そこに導かれていることが大事。
で、導かれつつあって、今少し浮上しています。
まぁ、他にも色々悩みとか問題とかあって、ほにょにょーんって感じです。
でも神様の平安はあるんですよ(感情は苦しかったんですけどね)。
これが信仰だし、神の領域だと思います。

信仰は人間の精神とも感情とも知性とも違った領域であって
すごく不思議な未知な領域なんです。
ヒルティがキリスト教は秘教であると言ったのは、やっぱり本当だと思います。
秘教であるというのは人間の力ではなく神から教えられ与えられるという意味において
正しいと思います。人間の側では積極的に探し求めることができますが、最後は
「受け取る」ことしかできません。勝ち取ることはできないのです。
それは救いや信仰は神の恩寵なんだよってことが分かるためだし
人間が傲慢にならないためだし、神様の素晴らしさが分かるためだと思う。

いろんな悩みの中にこの世の人、この世との違いっていうのがあります。
本質的な違いでズレです。倫理とか道徳っていうヒューマニズムの域じゃないです。
この世はかなり的ハズレな世の中なのです。

神の領域が自分の中で広くなってくると世の中とどんどん離れていきます。
その世の中と神様の領域の間で色々悩むんですけど、私は何がいつでも神様を選択したいんです。
例えばこの世でまかりとおている性的な観念とか快楽とかねじれまくってます。
それをもう普通に正当化しちゃっている、ひらきなおっちゃている世の中に私達は生きています。

例えばマスターベションは人間が人間を自分の欲望の道具にしている行為です。
風俗全般も同じです。これがどれだけ愚かしく恐ろしい行為かってことがもう分からなくなっている。
神様が大事に大事に創って愛している人間を自分の利己的な目的の為に道具としているんです。
大江健三郎は人間の成しうる行為の中で最も卑劣な愚行は人を道具とすることだと言っています。
愚行だとたとえ理性でわかっていたとしても、自分の情欲を肯定したい人間はこの行為を止めません。
それで商売する人がいて、これで情欲を満たし続ける人がいるのです。

愛じゃないからです。
その道具にされる人に対して愛を持ち得ないからです。
神(神の真実の愛)を知らずして他人を愛すことができないからです。
逆にその道具として自分を提供している人もそれがどういうことなのかわかってないのではないでしょうか。
自分を真実に愛せないからです。
どちらの人も魂に傷がついています。

私は神様の方を選択することをしたいんです。
この世のズレの中に生きたくないです。
私は神様の愛で愛したいし、愛されたいです。
神様に守ってもらいたいです。
この世の光となるように。地の塩となるように。

神様は私達が互いに愛し合うようにと言われました。
それは利己的な愛ではなく、自己満足の愛ではなく
神様が私達を愛されたように愛しなさい、ということだと思うのです。
私は神様が愛されたように愛したいです。
その愛の中に留まりたいです。
心からそう願っています。

↓↓↓↓↓↓↓
にほんブログ村 哲学・思想ブログ キリスト教へ

設定テーマ

関連テーマ 一覧

月別リンク

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文